アーカイブ消えた😭
【#ヨルシカ】YouTubeラジオ(2020/8/8)の続き。
和歌の話(55:18~)
N…n-buna [Gt&Composer]
S…suis [Vocal]
N ヨルシカのファンのみんなは俳句とか和歌とか勉強すると、
ヨルシカの作詞が好きな人は多分ちょっと嬉しくなる瞬間があると思う。
僕も自分の作品にそういうのを盛り込んだりしてるから。
わかりやすいところで言うと「ただ君に晴れ」の
正岡子規からのオマージュだったり。
和歌のテクニックをたまに使ってるところもあるし。
コラムでも書いたけど、「夕凪、某、花惑い」の歌詞だね。
サビは「君に茜差す日々の歌を~」っていう、歌詞があるじゃないですか。
茜差すっていう言葉は枕詞っていう和歌の世界で呼ばれているもので。
茜差すっていう言葉が、その次の日々の日っていう言葉を導いてるんですよ。
和歌の世界のお決まりみたいなものだったり、掛け言葉になってるものがあったり。
茜差すが来たら和歌の世界では日を使ったり、紫を使ったり。
つまり、茜差すっていう単語が示しているものが朝日なんだよね。
夕方に思えるじゃん。でもあの頃の茜差すっていう茜って言うものは
紫色にだんだん染まっていく日というか、
朝の情景だったりって言われてるから。
S 茜って赤色じゃないんですね。
N 昔はちょっと紫色ぽかったんだよ、茜っていうのは。
S ふーん、そうなんだ。
N だから、そういう茜差しているものってつまり太陽の日だったり。
そういう茜の紫色だったりするから、茜差すってきたら、
日っていう言葉を使って続くように和歌を作ったり、
紫って言葉を使ったりするのが枕詞っていうの使われ方だったんだよね。
そういうね、お遊びだよね。
そういうものがヨルシカの中に使われていることがあるから楽しいかも。
S あー、ちょっと勉強するとわかって。
N そうだね。茜差すで実用のやつで言ったら昔の作品はだから、
額田王(ぬかたのおおきみ)って人が、
S 尽きないね、知識がw
N 尽きない尽きないw好きだからw
額田王の方にするか。
「あかねさす 日は照らせれど」もあるんだけど…。
これ知ってると思う。
「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
っていう句があって。
つまり、あかねさしてる、日の光が差してる、その野原だね。
紫の草が生えてる野原で、あなたが袖を振ってるのが見える。
つまりこっちに手を振っているのが見えて、
で野守ってのは昔の監視人とか野原を管理してる人だから、
そういう人に見られたりしないだろうかっていう。
だから女の人が心配してる歌なんだよね。
まぁ匂わせだよね。匂わせじゃないけど、
この句は恋の歌なんだよね。恋の歌ってほどでもないけど。
これ説明がめちゃくちゃめんどくさいけど、
額田王って人が宴の席で元カレに向かって、そういう歌を詠んで、
あなたまだ私に気があるんでしょ、みたいな。
今の夫の前で意地悪をしちゃうという意地悪な歌でもあるけど。
字面がめちゃくちゃ美しいんだよね。
茜差すから紫色なんだよ。
紫野って言うのは紫色の野原。
だから茜の紫色と、野草の紫色の草が生い茂ってる、
それが2つかかってる、上等な歌ですね。
ちょっと話すと止まらなくなるからやめとこうw ごめんねw
S すごい勉強になりましたねw皆さんw
コメント